« 椿塾 オリエンテーション | メイン | 椿塾 みそぎ修行 »

椿塾 松下幸之助寄贈 鈴松庵

椿神社は気の神様 猿田彦大神に守られています。この気(スピリピュアル)なものを感じる事って日頃ありますか?我が家には、仏壇があります。その横には神棚があります。お盆はお寺に墓まりに行き、その後神社に行く、子供の七五三は神社、月命日や法事は仏壇で、クリスマス・・・でも、それほど宗教が好きではないかな。で、うまく体に伝わってこないんですよね。何処がどの宗教の範囲なのかね。だから、何となくなのかな。毎週月木には会社で朝礼時に拝礼をして、違和感でしょ。でもこの問題を、山本宮司がスパッと教えてくれました。自分もそうですが、人は必ず親がいて生まれます。その親にも、生んでくれた親がいて、そのその親も・・・と先祖は必ず繋がっている。そうでないと自分は生まれてこない。神道は神が大陸の創造をして言い伝えがあり、神社は西暦と同じ年数を過ごしている。しかし、仏教は人が造ったもので西暦500年以降からしか存在しない。だから、近い先祖はお仏壇に参り、遠い先祖は神棚に参る。だから、両方参る必要があるのだそうです。で、どちらのウエイトが高いかは個人が決める事。この話を聞いて、頭の中で整理が出来てから、何だかスピリチュアルな世界観が見えたような気がしたのです。ハハハ 単純でしょ。
ちなみに椿神社は、故松下幸之助が愛した神社でもあります。14の一代寄進をした彼が9番目に寄進したのが、この茶室だそうです。ちなみに14番目が伊勢神宮の茶室だそうで、信仰心に厚いからこそこの神社のある気を感じたのですね。この研修中に何度も、神道について伺った中で興味深い話題が「むすぶ」という事です。人は何かの縁をもって、相手と結ばれる。その為には自分が変わっていくしかないという事です。ただ、何も望まない人を神様は助けてくれない。ですから、むすぶことが重要なのだと。宮司が「おにぎりじゃあなくておむすび」でしょ。と話しているのを聞いて、ローソンは申し訳ないです。確かに手と手を結んで握るから、美味しいんですよね。おにぎりでは片手ででも握れてしまいます。おむすびは両手で握るんですよね。
ちなみにこの茶室で、伊勢鈴鹿茶をお抹茶でいただきました。裏千家だそうですが、こちらは無作法で美味しくいただきました。


bg070905a.jpg

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://r749.com/mt/mt-tb.cgi/2504

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)