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社長の仕事とは

どんな時に仕事に対して充実していると気持ちを感じますか?
自分は、大学3年の時に故親父が一度会社を解任され、そのまま入院生活となりました。まあ、悲観的な話は嫌いなのでさして、その時どん底になった訳ではありません。だた、お袋の涙はかなり衝撃でしたね。で、その先の生活を考えて就職するよりは独立しようと思いました。何故だか、そこに不安はあまり感じなかったですね。それは、良く解らなかったからだと思います。今ではベンチャー企業なる言葉に認知度がありますが、当時は起業することはモチベーションや野心ではなく、生活のためだったのかな。その上にやりがいがあるのかもしれません。むしろ現在は志が高く、やりたい事を成し得る為に起業する方が、自分に相談に来るかな。また、若いのだ(まだ×2自分も若いはず)これが。
で、一番問題になるのは資金かな。自分は、家財を利用して借入をおこしました。そうか、二十歳からずっと借金生活ということか。初めて、借りた資金が3千万円でしたね。5年で返済しましたが、よく親も無謀な借入の保証人になってくれたと思います。で、何をしたか?財務勉強ですね。当時から久田会計事務所の所長を師と仰ぎながら、始めは現金出納帳を書くことがめんどくさくて、よく放棄したり打合せの日程を勝手に変更したりといい加減なものでした。で、実際はコイン洗車場です。何故か?これが、結構簡単な理由なんですよね。50冊ぐらいの雑誌を色んなカテゴリーから買って、その特集ページを集計すると流行ってたんですよ。コイン洗車場がね。また、たまたま親父の知っているエムケー精工さん(ちなみに、現在も取引してもらってます)が機器を扱っていたので、あとは勢いですね。農業土木委員会や農水組合など多くの説得さきを廻り、11年前の12月1日にOPENしたんですよ。地元の友人が一緒に旗を振ってくれたりして、仕事が楽しかったかな。お客様と一緒に洗車したり、掃除したり、地味だったけど楽しかった。初めての年末に、何十台も待ちができて、整理券配って奔走して、一日で30万も売上があった時は泣けたもの。
それで、財務と仕事の楽しさを学んで、次の年からFC事業の勉強を始めたっけ。色んなFC事業を見て、CVSに絞ってから、当時名古屋になかったセブンイレブンに会いに行ったり、サークルKからは断られたりで、LAWSON開発の藤井さんが唯一自分を認めてくれたっけ、21歳で経験があるわけでもなく、LAWSONの最年少契約だったかな。でも、この頃は少し先の事が不安で一応大学院にも行っておこうと逃げ道も用意していたな。(ハハハ)で、研修先でコンビニの師匠杉浦さんと出会い貴重な経験をさせてもらい。もっと、お客さまとの触れ合いが好きになったかな。それからは、苦労の連続です。洗車場とLAWSON、当然大学院と経理、借入の返済と生活。結局、当時から忙しかったということかな。この頃のアルバイトは今でも忘れられないものね。(浅野くんはこの頃からだね。若かったな。)でも、仕事をしている充実感があったな。その後も、色んな仕事に関わり様々な経験ができた。で、故親父の仕事復帰後1年が経ってから、入院の話をきっかけに萬勇へ。
それからは、さらに至極の苦労を味わうことができましたね。これも、悲観的にではなかったけどしんどかったのは事実。ホント辛かった自分を知っているのは目の前で泣いたことがある人だけだろうな。で、今は楽しいのか・・・・。楽しくしたいのが本音かな。資金が詰まれば仕事は止まります。これは、事実ですからね。立場と共に内容も変ってきましたものね。では、何故そんなしんどい思いをしてまで社長をするのか?最近解ったことがあります。それは、仕事が好きなんですよね。生活の為であるのは事実です。でも、今なら企業家の気持ちが解るかな。モチベーションや野心がないと社長はやれないですね。で、もっと重要なのは・・・・・・自分の気持ちの中にあります。(これは、書けないな。また、時期がきたらね。)きっと、色んな気持ちをもって皆が仕事をしているはずです。
自分は、萬勇もLAWSONも洗車場も関わったすべての人と行える仕事が好きです。だからこそ、自分の遠慮ない本気の商売がそろそろ萬勇でもしたいかな。

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