あれから5年
記憶に残る映像と言えば、衝撃的だった国際貿易センターのテロ事件ですよね。正しい表現ではないと思いますが、フィクション映画の映像に慣れてしまってノンフィクションに映像を認識できなかったのが正直な印象です。天空の城ラピュタでムスカが言い放った「あーーー人がゴミのようだ」と、非常に不謹慎だけどそれだけ目に映る映像にリアリティーが存在しないということです。日常的な問題として意識できない自己の意識とは・・・・。国際協調ですね。
日本は平和ですよね。欲に対して、ボーダーが高い。食欲も食べれないわけではない、より美味しいものが食べたい。物欲も不便なレベルではない、より便利なものが欲しい。睡眠も寝れるのが当然、余暇をよりリラックスして過ごしたい。性欲は子孫繁栄の為ではない、快楽のマスターベーションとしての充実。でも、今の生活は当たり前だし、より安定したクオリティーを望んでもいる。ただ、非常に内政的な部分は存在するのも事実。先進国であることの象徴なのかもしれないが・・。アメリカにしろ日本にしろ自国の成長が強いては国際協調に繋がるものとなる。新しい技術や精度の高い製品は結果として後進国の成長を助け、さらに先進国への憧れと嫉妬を生む。
日本の企業は努力家だと思う。3年前京都で行われた世界環境フォーラム(京都議定書)も世界のヒートアイランド現象に対して各国が熱量のマイナス目標を設定された。日本は-6%という数値目標に対してホスト国でありながら翌年は+に反映させてしまっている。しかしながら、よく見るとBASEが違う。体重150KGの人が20KG痩せるのと、60KGの人が9KG痩せるのとは比重に差があるのである。確かに環境問題に対して国民の努力と意識は低いと思う。しかしながら、ISO(品質管理)において日本の企業は積極的に努力をしている。しかし、政治対策は酷いと感じている。さらに、日々の生活で自分達が日本国に対して協調している実感が得られない。それは、政治に無関心であることと、日本に住んでいながら国政に期待をせず、むしろ国民が国政を支えている意識が強すぎるせいだと思う。
NEWで、「息子が母親を刺したことも」「行政が裏金をつくったことも」「教師が生徒に性的いやがらせをしたことも」事実を報告する必要はあると思う。ただ、深く感情を報告する必要はないのではないか。確かに、身近に感じる話題は感情移入しやすい。でも、見ている側にも深く印象づける報じかたをするから変に印象に残ってしまう。それが、ある時印象の引き出しから取り出されあんな事件があったぐらいだから、俺も。なんて事にはなっていないだろうか。もっと、国際問題を報じる事の重要性や、見る側が感じることの重要性が今後は必要だと思う。
自分も含めて、生活として世界を捉え国際協調の本質をこれから年を重ねながら理解したと思う。
そして、光のタワーとして浮かび上がった国際貿易センターがフィクションではなく捉え、日本人として生活しながら各国との関わりの中の日本であることの意味を考え、政治には建前ではない本気の運営を行ってほしい。そして、日本人であることを誇れる日本を、唯一世界で核を体験している国家が環境問題の先頭に立つことを、非力ながら心から望む。

